レオナルド・ディカプリオと渡辺謙のスピーチ

レオナルド・ディカプリオと渡辺謙のスピーチ

再生エネルギー。言っていることは同じなのに、

なぜマスコミの取り上げ方が違うのか。

9月23日、国連でレオナルド・ディカプリオがスピーチしたことが、あっちこっちのニュースで話題になっています。

内容は、エネルギー地球温暖化について。

とにかく国連にレオ様ってことで、ワイドショーにも取り上げられています。

この騒がれ様がレオ様だからなのか?というところに、

私としては少々違和感を持つのですよ。

なぜかと言えば、同じようなスピーチを2012年のダボス会議で

渡辺謙さんがやったときには、

日本のメディアは沈黙してたのを思い出したからです。

いくつかのニュースで取り上げられたものの、肝心の部分はカットされていたんですよね。

どのニュースでも「絆」ばかりがクローズアップされていました。

唯一東京新聞だけが、全文を載せていたのです。

今日は、ふたつのスピーチを並べてみようと思います。

 

じゃ、まずレオ様の。

 

(スピーチ全文訳)

ありがとうございます、事務総長。各国首脳の皆さん、それに特別ゲストの方々にも感謝申し上げます。本日はお招きいただいて光栄です。私は、専門家としてではなく、気候変動に関心を持っている一市民として、21日にニューヨークで通りを行進した40万人のうちの1人として、そして世界中で気候危機の解決を願っているその他何十億もの人の1人として皆さんの前に立っています。

俳優として私は人生を演じています。架空の人物を演じ、時には架空の問題を解決します。

私は、これまでも人類が同じように『気候変動』を見てきたと思っています。つまり、まるでどこかよその惑星にいる人に起こっているフィクションであるかのように見過ごしてきた、そして気候変動が現実のことではないかのように装うことで、知らない間にどこかへ行ってしまうかのように見過ごしてきた、ということです。

しかし、我々はそれよりももっと多くのことを知っていると思っています。毎週我々は、新たな紛れもない「気候現象」を見ています。気候変動が、今、ここで、加速していることを証明するものです。我々は、干ばつが進み、メタンプルーム(メタンガスの気泡の柱)が海底の下から湧きあがって海水の温度が上昇し、酸性化していることを知っています。我々は、異常気象や気温の上昇を見ています。また、南極西部やグリーンランドでの氷床が、かつてないほどの勢いで科学的な予想よりも数十年早く溶けているのを見ています。

こうしたことは誇張ではありません。ヒステリックになっているわけでもありません。事実なのです。科学の世界ではわかっています。産業界や政府もわかっています。アメリカの軍隊でさえ知っていることです。アメリカ海軍太平洋軍の司令官であるサミュエル・ロックリア海軍大将が最近、気候変動は、我々の唯一最大の安全保障上の脅威である、と言いました。

みなさん、今を生きる私たち人類は、恐らくこれまでの歴史上を生きてきた他の人類よりも困難な課題に直面しています。歴史的な偉業を成し遂げられるか、それとも歴史から非難されるか、のいずれかなのです

はっきりさせておきたいのは、この問題は、ただ個人個人に、電球を替えようとかハイブリッドカーを買おうと言えばすむことではない、ということです。この災害は、個人が選択するレベルを「超えて」大きくなっているのです。これは今や我々世界中の産業界や政府が断固とした大規模な行動をとるべき問題なのです。

私は科学者ではありません。ですが、その必要もありません。なぜなら、世界の科学界が語り、我々の未来を予測してくれているからです。もし我々が共に行動しなければ、確実に消滅するだろう、ということを予測しているのです。

今こそ行動を起こす時です。

炭酸ガス放出に課徴金をつける必要があります。石炭、ガス、石油関連企業に対する政府の補助を止めさせることが必要です。我々は、産業界の大気を汚染を助長する企業に対して、自由主義経済の名の下に得ている優遇措置を終わらせる必要があります。彼らは我々の税金を費やすのに値しません。監視するのに値する存在です。経済そのものも我々の生態系が崩壊すれば破滅することになります。

よい知らせがあります。再生可能エネルギーは、実現可能なだけでなく、経済政策としてもよいものだということです。新たな研究では、2050年までに、クリーンで再生可能なエネルギーが「既存の技術」を使って世界のエネルギー需要を100%満たせるようになることが明らかになっています。そしてその結果、何百万もの雇用が創出されるのです。

これは、党派レベルで議論すべき問題ではありません。人類として議論すべき問題です。クリーンな空気や水、住みやすい気候は侵すことのできない人類の権利です。またこの危機を解消することは、政治の問題ではありません。我々の道徳的責任です。確かに手ごわいものかもしれませんが。

我々が手にしているのはたった1つの惑星です。人類は、我々みんなのふるさとを不当に破壊することに関して、非常に大きな責任を持つようにならなければなりません。この星の未来を守ることは、我々人類の意識の進化にかかっています。

今は最も緊迫した時であり、これは最も急を要するメッセージです。

世界の名誉ある代表や首脳のみなさん、私は人生を演じています。

でも皆さんはそうではありません。21日に自らの声を世界中に届けた人たちとその勢いは止まりません。そして今度は「みなさん」の番です。この星で我々が存在するための最大の課題へ取り組む時、それは今です。

勇気を持って課題に立ち向かっていただくようお願いいたします。そして誠実に。

ありがとうございました。

English Translated by Gengo

 

そして、これが渡辺謙さんのスピーチです。

残念ながら、映像は今回みつけられませんでした。

 

(スピーチ全文訳)

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

 

どうでしょう。

二人のスピーチ内容の違いは、

原子力に触れているか否か。そこだと思います。

ディカプリオと謙さんの人気とかネームバリューがどうだから、という話ではなく

やっぱり日本において、「原発はやめようよ」という話は抹殺されるということです。

特に、こういう有名人がその類の話をすると非常に影響力があります。

だから、遠くの国でやったことなんだから黙っていれば誰も気づかないさ的な感覚で

意図的に情報を省くということが、日本のマスコミによって

おおっぴらに行われているという事実自体が

下手すれば誰にも知られずに過ごされるのです。

非常に怖いことです。

「我々日本人は、知らない間に自分の思想自体を誘導されている」ことを常に心の片隅に置いた上で

ニュースは見なければならないということは、忘れずに居りましょう。